神戸地方裁判所 昭和54年(ワ)1212号 判決 1981年2月25日
原告
竹村令子
被告
南誠一
ほか一名
主文
被告らは各自原告に対し、金二、三九一、三九九円及び右内金二、一七一、三九九円に対する昭和五四年三月三一日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告らの各負担とする。
この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告)
被告らは連帯して原告に対し、金五七五万〇二八一円及び右内金四七五万〇二八一円に対する昭和五四年三月三一日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言
(被告ら)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二当事者の主張
(請求原因)
一 原告は、昭和五二年八月二〇日神戸市生田区加納町四丁目一番一〇九号先の市道の横断歩道を青信号に従つて横断中、黄信号に変つたため走つて横断していたところ、横断を完了する直前に被告南の運転する軽四輪貨物自動車(神戸六六あ六七六一)に衝突された。
二 被告南は、東西道路の東進してきて左折し、右横断歩道にさしかかつたものであるが、信号のある横断歩道を通過する場合には、自車進行方向の信号が青色になり、歩行中の歩行者が完全に横断を完了するまで横断歩道手前で停車し、歩行者の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、進行方向の信号が青色になつていないのに停車することなく、やがて青色に変ることを見越して漫然と通過しようとした過失により、横断歩道を小走りに横断中の原告に自車を衝突せしめたもので、被告南は、民法七〇九条により、原告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
三 被告南は、被告矢内商店にアルバイトとして雇用され、本件事故時には、被告矢内商店のために品物を配達する業務に従事していたものであるから、被告矢内商店は、自己のため本件事故車を運行の用に供していたものというべく、自賠法三条により、原告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
四 原告は、本件事故により頸椎亜脱臼及び捻挫、頭部打撲挫創、前胸部両肩右肘部両下腿打撲傷、尾骨骨折の傷害を受け、救急車で神戸市中央市民病院に行き、更に劉外科病院に入院したが、入院期間は、事故日から昭和五三年二月四日までと、同年五月一二日から同月一七日までに及んだ。
右退院後もほとんど毎日通院治療を受け、昭和五四年三月三〇日症状固定の診断を得たが、後頭部倦怠、脱力、重圧感、左頸部牽引痛、左肩押部腕にかけて不快脱力感、右鎖骨の疼痛、長期間起立時の腰痛、背部の凝り疼痛、尾骨部の疼痛などの後遺症を残した。
このため、一日中立つて仕事をしなければならない薬剤師の勤務が不可能となり、生涯打ち込むつもりで長年続けてきたバレーもやめなければならなくなつたうえ、昭和五二年秋に予定していた結婚の夢も壊わされた。
五 原告が本件事故により蒙つた損害及びその填補は次のとおりである。
1 治療費 二、三四六、三六一円
2 付添看護婦 二四七、二〇〇円
(一日二四〇〇円の一〇三日分)
3 入院雑費 八八、〇〇〇円
(一日五〇〇円の一七六日分)
4 ギブス代 五三、九五〇円
5 通院交通費 一五一、三二〇円
(一) タクシー代 (一一八、一四〇円)
昭和五三年二月六日から同年四月末までの毎日(六九日)同年五月から一一月まで毎週三回(九三日)、同年一二月から昭和五四年三月まで毎週一回(一七日)の合計一七九日につき、一回六六〇円宛
(二) バス代 (三三、一八〇円)
昭和五三年一一月までの七九日につき一日二〇〇円宛、同年一二月一日以降の七九日につき一日二二〇円宛
6 休業損害 三、三七三、〇五一円
(一) 休業補償 (二、六三七、〇五一円)
本件事故から昭和五四年三月三一日までの五八九日分につき、三か月で四〇二、九四五円の割合による給与
(二) 昇給分 (九六、〇〇〇円)
昭和五三年四月に八〇〇〇円昇給として、昭和五四年三月までの一二か月分
(三) 償与分 (六四〇、〇〇〇円)
昭和五二年下期二二〇、〇〇〇円のうち未払分一六〇、〇〇〇円と、昭和五三年上、下期分四八〇、〇〇〇円
7 医師への謝礼 七六、一五〇円
8 バレー公演出演料等の既出費分 三四、五〇〇円
9 佐藤整形外科受診料、交通費 八、五一〇円
10 入通院慰藉料 一、八五〇、〇〇〇円
11 後遺症等による慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円
12 逸失利益 八五二、一一三円
事故時給与月額一三四、三一五円、昇給月額八、〇〇〇円、後遺症等級一二級、喪失率一四パーセント、喪失期間四年、ホフマン係数三・五六四
13 弁護士費用 一、〇〇〇、〇〇〇円
(一) 保険会社交渉分 (三七〇、〇〇〇円)
(二) 本件訴訟分 (六三〇、〇〇〇円)
14 填補 六、三三〇、八七四円
六 よつて、原告は被告らに対し、右1ないし13の損害額合計一二、〇八一、一五五円から填補額を控除した五、七五〇、二八一円及び弁護士費用一、〇〇〇、〇〇〇円を除く内金四、七五〇、二八一円に対する本件事故後の昭和五四年三月三一日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(認否)
一 請求原因一、三項の事実は認め、二項の事故の態様については争う。四項中、原告の傷害名、入院期間、退院後昭和五四年三月末ころまで通院加療したことは認め、その余の事実は不知。五項中、1ないし4及び14については認め、その余は不知。本件事故の態様は抗弁において述べるとおりである。
(抗弁)
一 本件事故の態様は次のとおりであり、原告にも道路横断の過失があるから、少くとも原告の損害についてはその三割が過失相殺されるべきである。
すなわち、本件事故現場は国鉄三宮駅の北側に位置し、中央分離帯をはさんで片側三車線(車道幅員二二、八メートル)の交通量のきわめて多い道路であり、被告南は、本件事故現場の南約三〇メートルの地点を東進して来て北向に左折し、本件道路(北向三車線のうち西側車線)を北進して本件横断道路に至つたが、信号が赤色であつたため、右横断歩道の手前で一旦停止した。その時は本件事故車の右側(東側)車線にはタクシーが停止しており、更にその右側車線にも車が停止していた。南北方向の信号が青になつたので、被告南及び右タクシーが発進し、被告南の車が横断歩道内に進入しようとしたとき、右側やや前方を走行していた右タクシーが横断歩道の中央付近で突然急停車し、被告南はその時右タクシーの影から原告が小走りに被告の車の前方を右から左へ横切ろうとしているのを発見したが、自車と原告との距離は約二メートルに迫つていたため、衝突を回避することができなかつたもので、原告が横断歩道の中央にある安全地帯に差しかかつたときには、歩行者用信号は赤に変つていたはずで、このような場合歩行者としては、右安全地帯で一旦横断をやめるべきであつたのにあえて横断を続行したものである。
二 原告は、国民健康保険により四六四、三八七円の医療給付を受けており、被告は神戸市から右同額の求償を求められているから、右金額も含めた全損害額について過失相殺されるべきである。
(認否)
争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因一、三項については当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない乙第一号証、昭和五五年六月一〇日被告代理人が本件事故現場付近を撮影したものであることに争いのない検乙第一ないし第三号証、原告本人尋問の結果によると、
1 原告は、歩行者用の信号が青色になつているのを確認して、本件横断歩道を東から西へ向つて歩いて横断を開始したこと、
2 本件横断歩道は、二二・八メートルの長さがあり、東から一〇・四メートルから一二・二メートルの部分が幅員一・八メートルの安全地帯になつていること、
3 原告は、横断途中で歩行者用信号が変化し、他の歩行者が走り出したことから、自己もかけ足で横断を続行したこと、
4 被告南は、本件道路(片側三車線)北行車線の西側(歩道寄り)車線を進行して来たのであるが、右側の車線には既にタクシーが対面赤信号に従つて横断歩道手前の停止線で停止していたが、対面信号が青色に変り右タクシーが発進を開始したため、そのまま横断歩道にかかろうとしたとき、右タクシーが急に停車したため異常を感じて自車を停車させたところ、横断歩道上を歩行者が右から左に走つて横断していたこと、被告は右歩行者のすぐ後方を通過しようとしてその歩行者を注視しながら発進させたのであるが、右タクシーの前方を右歩行者に遅れて右から左に横断中であつた原告に気付くのが遅れ、自車前部中央部分を原告に衝突させ、原告ははねとばされて路上に転倒したこと、
が認められる。原告は、対面信号が赤色であるのにやがて青色に変ることを見越して横断歩道を通過しようとしたと主張し、原告本人尋問中にもこれに沿う部分が見られるが、同人の供述は、本件事故によるシヨツクや事故後長時間経過後のものであることによると思われるが、歩行者用信号が青黄赤の三色信号と記憶していること、事故車の前部中央部分が原告に衝突しているのに原告はあと一歩で歩道の縁石に着くときに衝突されたと述べるなど、必ずしも記憶が正確であるとはいえず、従つて前記原告本人尋問の結果部分は俄かに採用できず、他に右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、被告南は、対向信号が青色に変つたとはいえ、いまだ横断歩道上を横断中の原告がいたのであり、しかも右側のタクシーによつて横断歩道の一部が見えにくい状況にあつたのであるから、これが確認をすべき注意義務があるのに漫然と進行した過失により本件事故を惹起したというべきであるが、一方原告は、歩行者信号が青色であつたため横断を開始したのであるが、本件衝突に至るまでの間にこれが青色点滅次いで赤色に変り、更に車道用信号が青色になつたのであるから、遅くとも歩道途中の安全地帯の付近で歩行者用信号が青色点滅に変化していたはずであり、この時点で横断を中止すべきであつたのに、漫然横断を続行したもので、この点も本件事故の一因をなしたものというべきである。両者の右過失を比較衡量すると、その過失の割合は被告南の九に対し、原告一とするのが相当である。
三 原告が、本件事故により原告主張の傷害を受け、昭和五二年八月二〇日から昭和五三年二月四日の間及び同年五月一二日から同月一七日の間入院を余儀なくされ、その後も昭和五四年三月末ころまで通院したこと、及び原告が本件事故により蒙つた損害額のうち治療費(後述の佐藤整形外科分を除く。)二、三四六、三六一円、付添看護費二四七、二〇〇円、入院雑費八八、〇〇〇円、ギブス代五三、九五〇円については争いがない。
1 そこで、通院交通費について判断するに、成立に争いのない甲第四一ないし第四五号証、同第五二、五三号証、原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和五三年二月六日から同年五月三一日の間に八〇日間、同年六月一日から同年一〇月三一日の間に一一五日間、その後も昭和五四年三月末まで少くとも週一回位の割合で劉外科病院に通院し、右昭和五三年五月三一日までの間の殆んどと、その後同年一〇月三一日までの間の半分程は通院手段としてタクシーを利用せざるを得ず、一回の通院について六六〇円を要し、その余はバスに依り一回について二〇〇円程度を要したこと、また原告は、昭和五二年六月一六日、昭和五四年四月一日、同年八月二二日、同年一〇月一八日の四回にわたり頭部牽引のため佐藤整形外科診療所に電車により通院し、一回につき二〇〇円程度の交通費を要したことが認められるから、原告の要した通院交通費は、次式のとおり一〇七、〇二〇円を要したとするのが相当である。
<1> 660×80=52,800
<2> 660×114/2=37,620
<3> 200×(116/2+151/7)≒15,800
<4> 200×4=800
52,800+37,620+15,800+800=107,020
2 次に休業損害について判断するに、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一ないし第一九号証によると、原告は薬剤師の資格を有し上田薬局に勤務し、月額一一五、三六五円の給与を得、毎年六月及び一二月に各二か月分程度の賞与を得ていたこと、原告は本件事故により昭和五四年三月末まで殆んど稼働できず、この間昭和五二年一二月に本件事故以前の同年七、八月に稼働したことによる賞与分として金八〇、〇〇〇円を得たに過ぎないことが認められるので、この間の休業損害額は次式のとおり金二、八七七、一八九円の限度で相当というべきである。
<1> 115,365×589/30=2,264,999
<2> 115,365×2×3-80,000=612,190
<1>+<2> 2,264,999+612,190=2,877,189
なお、原告は昇給分について主張するが、本件全証拠によるも、昭和五三年四月時点における昇給の確実性及びその多寡について認定することができないから、これを考慮しないこととする。
3 原告は、医師及び看護婦等への謝礼として七六、一五〇円を要したとして甲第二〇ないし第二六号証を提出するが、右の如き謝礼は、その要否、多寡について個人的色彩が強いうえ、通常の範囲内の謝礼については前記入院雑費により賄われるべきものであるから、右通常の範囲内のものについては、既に認定した損害に含まれることとなり、これを越える部分は、本件事故と相当因果関係ある損害とは認め難い。
4 原告は、無駄になつたバレー公演出演料等の損害として三四、五〇〇円を請求し、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第三七ないし第四〇号証によると、原告は、今岡頌子バレー教室に参加し、同教室による公演が、昭和五二年九月二日と同月一五日に予定されており、後者の出演費として三〇、〇〇〇円を支払済みであつたが、本件事故により原告はこれに出演することができず、右出演費の支出が無駄になつたこと、また原告は右二回の公演の入場券を相当数割り当てられていたものであるが、昭和五二年九月一五日分の入場券二枚合計二、〇〇〇円相当分、同月二日分の入場券三枚合計四、五〇〇円相当分を所持していることが認められるが、これらは原告の特殊の事情に基くもので、本件事故と相当因果関係ある損害とは到底認め難い。
5 原告は、通院交通費の項に述べたとおり、佐藤整形外科診療所に四回通院したが、前記甲第四一ないし第四五号証によると診療費及び文書料として六二五〇円を支払つたこと、右費用は原・被告間に争いのない治療費二、三四六、三六一円中には含まれていないことが認められ、これに反する証拠はない。
なお右通院に要した交通費については、前記通院交通費の項で算入したとおりである。
6 次に、原告の入通院慰藉料について判断するに、原告が本件事故により受けた傷害が前記のとおりであり、既に述べたとおり症状固定までに入院一七六日、通院期間約一四か月を要したのであり、原告本人尋問の結果によると受傷後三か月程は自ら起き上がることができなかつたことが認められるから、これらの事情を考慮すると、本件傷害及びこれら治療の為の入通院による慰藉料は、一、五〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。
7 次に、後遺症慰藉料について判断するに、成立に争いのない甲第四六号証、原告本人尋問の結果によると、原告は昭和五四年三月三〇日、後頭部の倦怠脱力重圧感、左頸部の牽引痛、左肩胛部から上腕にかけての不快脱力感、右鎖骨の疼痛、長時間起立時の腰痛、脊部の凝り並びに疼痛、尾骨部の疼痛等の自覚症状を残して症状固定し、これがため仕事につくことができず精神、神経に不安を与え、労働能力の著しい低下を来していること、原告は本件事故並びに右後遺症のため昭和五二年秋に予定していた結婚を昭和五五年春まで延ばさざるを得なかつたこと、長年親しんできたバレーを将来にわたりあきらめざるを得なかつたこと等を考慮すると、右後遺症による慰藉料は一、三〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。
8 次に、逸失利益について判断するに、前記のとおり原告は上田薬局に勤務し、月額一一五、三六五円の給与と年間四カ月分程度の賞与を得ていたこと、前記後遺症の部位程度によると、原告の労働能力喪失率は一四パーセント、喪失期間は四年間とするのが相当であるから、その中間利息をホフマン式で控除すると、逸失利益は次式のとおり九二一、〇〇〇円となる。
115,365×(12+4)×0.14×3.564=921,000
以上のとおり、原告が本件事故により蒙つた損害は、弁護士費用を除き合計九、四四六、九七〇円となり、過失相殺によりその一割を減じた八、五〇二、二七三円が被告の賠償をなすべき額ということになるが、右のうち六、三三〇、八七四円について既に填補を受けていることは当事者間に争いがないから原告が本訴において請求できる損害賠償金額は、弁護士費用を除き二、一七一、三九九円である。
なお被告は、国民健康保険自己負担分として、神戸市から請求を受けている四六四、三八七円をも加えた損害額について過失相殺されるべきであると主張するが、被告は神戸市の右金額の請求について過失相殺を主張すれば足るのであるから、被告の右主張が失当であることは明らかである。
最後に弁護士費用については、保険会社との交渉分、本訴分を含めて、右填補額控除後の損害額の概ね一割にあたる二二〇、〇〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係ある損害とするのが相当である。
四 よつて、原告の本訴請求中、被告らに対し、金二三九一、三九九円及び右のうち弁護士費用分二二〇、〇〇〇円を控除した二、一七一、三九九円に対する本件事故後である昭和五四年三月三一日以降右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森脇勝)